2006年11月29日
肝胆相照らす
母校R大学にYACHT同好会を創ったのは約30年前。
強制させられ一艇身でも早く走らせる体育会ヨットから、
自然に学び、セーフティー・ファーストの帆走を心掛ける
ブルー・ウォーター派のクラブを立ち上げたのだ。
その仲間と久しぶりに、酒を飲んだ!無条件に楽しかった!
そしてもう一度、今度は政治の世界に
「市民の市民による市民のための活動母体」を立ち上げたいと
思いを新たにしたのだった。
2006年11月26日
こう! ご期待
前議員会の会誌に「会員消息」を載せるので
寄稿して欲しいとの依頼があった。
前国会議員全員に60字以内でというものだが、
私はこの様に書かせてもらった。
リーダーシップ研究所を立ち上げ、
「子供にツケをまわさない」を合い言葉に
自治体再生プロジェクトを展開中。
こう! ご期待。
今日よりも明日を良くしようとする人は
みんな政治家なのだ!
税金をもらっているプロの政治家に気持ちでは
決して負けてないつもりだ。
2006年11月25日
餃子の街
タバコとお酒をこよなく愛すKさんは
私の政治活動を支えてくれる心からの親友だ。
そのKさん、金曜日は宇都宮で仕事?があって
直接会うのは難しいと言う。
「餃子の美味い店を紹介してもらえる!」
ついつい、意地汚い性格が後押しする中
Kさんに会うために宇都宮に新幹線で向かった。
食品関係の仕事関係者にご挨拶。
お陰で、たくさんの店の餃子を堪能させてもらうことが出来
大満足!
しかし、 仕事の邪魔をしてしまったかと少々反省中。
2006年11月22日
使命
今日も一日良く動き回った。
そして、何人の人と直接会って話をした。
また多くの人と電話で、またメールで打ち合わせもした。
いずれ、一本一本の糸が束ねられ、編み上げられて行くに違いない。
きっと、大きな意志で自分は動かされているだけなのだろう。
2006年11月21日
統制国家に向かうのか
いじめ・自殺問題の報道が与えている影響の一つに、「教育はやはり地方に任せていてはダメだ!」という印象だろう。
教育ほど、中央主権・統制社会の弊害はないと思っている私は、これらの報道が意図的ではないかと疑いたくなる。
もう一つ、改革知事が次々と汚職知事として葬られようとされている。
もちろん、多選の弊害や収賄の事実は言語道断だが、鳥取県において裏金造りの嫌疑が掛けられた報道は、地方の時代を先延ばしさせる為の意図が感じられて仕方がない。
既得権益を守る天才達ならやりかねない!
2006年11月19日
書いてみました
明窓出版の増本社長から「甲さんの政治活動を是非多くの皆さんに伝えたい」と、エッセイ集「窓」に載せる原稿の依頼を頂いたのはすでに一年以上まえになる。
ずいぶんと、行く先々で既成の団体と火花を散らしてきた私は、暫く静かに
して発言を控えた方が良いのではないかと思う気持ちもあったのだが・・・
議席を離れ、これまでの政治活動を一度総括するためのには良い機会ではないかと考え直し、お話をお受けすることにしたのだった。
原稿は2005年の留学中に書き上げたのだが、製本されて今日送られてきた。
そんなに長い文章ではないので、一度書店で手に取ってみてもらえれば嬉しい。
明窓出版編集部 編 エッセイ集「窓」第14集
ページ104〜123
よろこんで! 臥薪嘗胆の日々 リーダーシップ研究所 代表 田中 甲
2006年11月17日
追悼
ミルトン・フリードマンが死去された。
「小さな政府」の政治経済学を確立し、世界中の政治に
影響を与えた巨人である。
現在の日本は官僚主導の大きな政府だが、
遅かれ早かれ進んでいかなければいけない「地方分権の時代」に
故人の哲学が改めて必要とされるときが来るはずだ。
94歳の生涯に哀悼の誠を捧げ、冥福を祈りたい。
2006年11月16日
本の紹介
話題の著書「自治体連続破綻の時代」泉洋社 を書いた松本武洋さんに会った。
出版会社に勤務していた青年(松本さん)が、和光市の市議会議員選挙に挑戦し議席を
預かってから3年半の活動が凝縮されているものだ。
矛盾に満ちた議会・行政が多くのツケを子供たちにまわしていく中で、いよいよ
誤魔化しがきかなくなり・・・
自治体の財政が破綻する状況になってしまっている。
貴方の自治体も例外ではない事に気が付くだろう。
再生に向けて立ち上がらなければならないのは、誰なのか!?
連続破綻の時代は、新しい政治の始まりを示唆している。
2006年11月14日
僭越ですが・・・
相次ぐ自殺が社会問題になっている。
だが、国会でもマスコミでもその本質に迫るコメントがされない。
確信を理解できないのだろうが、もし理解しても自分たちの存在を否定してしまう事になるので認めようとはしないだろう。
日本社会の本質は、人が自由に生きられるものになっていないことを、自殺という形で訴えている行為なのだ。
尊い命を犠牲にしてまで、何を知って伝えようとしたのかを、残された私たちは考えなければならない!
まだ、答えを伝えてはいけないのだろう。
みんなで考えて貰いたい。
だが、国会でもマスコミでもその本質に迫るコメントがされない。
確信を理解できないのだろうが、もし理解しても自分たちの存在を否定してしまう事になるので認めようとはしないだろう。
日本社会の本質は、人が自由に生きられるものになっていないことを、自殺という形で訴えている行為なのだ。
尊い命を犠牲にしてまで、何を知って伝えようとしたのかを、残された私たちは考えなければならない!
まだ、答えを伝えてはいけないのだろう。
みんなで考えて貰いたい。
