2006年11月29日
肝胆相照らす
母校R大学にYACHT同好会を創ったのは約30年前。
強制させられ一艇身でも早く走らせる体育会ヨットから、
自然に学び、セーフティー・ファーストの帆走を心掛ける
ブルー・ウォーター派のクラブを立ち上げたのだ。
その仲間と久しぶりに、酒を飲んだ!無条件に楽しかった!
そしてもう一度、今度は政治の世界に
「市民の市民による市民のための活動母体」を立ち上げたいと
思いを新たにしたのだった。
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私は、30歳を過ぎて、大学、大学院を卒業したのですが、私の中学時代の同級生も私に触発されたのか、一昨年、(34歳にして)大学院へと進みました。彼の父親は、地元の名士で、イケイケドンドンと店舗を増やしましたが、跡を継いだ彼の決断で、その規模を縮小しました。詳しく聞くと、当たり前な選択なのですが、地域の人たちからは「父親が大きくした店を小さくした」という云われのない中傷を賜ったそうです。
そこで彼は、MBAでもう一度、ビジネスを学びなおそうと決断したようです。そんな彼が、選んだ大学院が、田中甲さんの母校でした。大学院受験の際に相談を受けた私は、私の母校も勧めたのですが、校風も含めて彼の心をつかんだのが、R大学でした。見事一本に絞って、受験し合格を勝ち取りました。そんな彼は、いま修士論文の作成に懸命に取り組んでいます。